犬の避妊後に本当に変わること|太る・尿もれ・熱中症の通説を一次資料で検証

うちの茶々丸(キャバプー・9kg)の避妊手術は、生後5か月ごろに済ませました。
手術そのものについて調べる記事はたくさんあります。時期はいつがいいか、費用はいくらか、リスクはどうか。けれども手術が終わったあと、この子の体で何が変わったのか、何を変えなければいけなかったのかを書いたものは、ほとんど見つかりませんでした。
調べてみると、よく聞く話のいくつかが、一次資料では支持されていませんでした。避妊で太りやすくなるのはオスで、メスは手術の有無に関係なく太る側にいます。早く避妊すると尿もれになる、という話も、370頭を比べた研究では関連が出ていません。 3つのうち通説どおりだったのは熱中症だけです。そして代わりに浮かび上がってきたのは、どの章にも顔を出す一つの要因でした。
この記事は一般的な情報提供を目的としており、獣医師の診断に代わるものではありません。 愛犬の健康に不安がある場合は、かかりつけの獣医師にご相談ください。
犬は避妊すると本当に太るの?
結論から言うと、「太る体質になる」のではなく「必要なカロリーが減るのに、出す量が変わらない」のほうが実態に近いようです。
実験と疫学で、見えているものが違います。
ベルギーのビーグル4頭を追った研究(Jeusette et al., 2004, Journal of Animal Physiology and Animal Nutrition)では、卵巣摘出のあと、1日のエネルギー要求量が有意に下がりました。同じグループの続報(Jeusette et al., 2006)では、自由に食べさせた期間に増えた体重が、すべて体脂肪だったことも確認されています。著者らはこう結んでいます。「結論として、避妊済みのメス犬では給与エネルギーを厳密に管理すべきである」(筆者訳)。
ところが疫学のほうは、少し違う絵を描きます。
Bjørnvad らの研究では、デンマークの動物病院8施設で募った2歳を超える健康な飼い犬268頭のうち、20.5%が過体重または肥満でした。そして避妊・去勢が体型スコアと肥満リスクを大きく押し上げたのは、オスだけだったのです。メスについては、論文がはっきりこう書いています。「メスは避妊の有無に関わらずリスクを抱えていた」(筆者訳)。
この2つは矛盾していません。前者は「生理的に必要量が減るか」を見ていて、後者は「実際の家庭で太っているのは誰か」を見ています。メスの飼い主にとっての結論は、こうなります。「避妊したから太った」も「避妊していないから安心」も、どちらも成り立たない。
なお同じデンマークの研究では、高齢のメスで体型スコアと肥満リスクが上がり、高齢のオスでは下がるという結果も出ています。メスは歳を取るほど不利になる側にいます。
正直に書くと、わが家では手術のあともフードの量を変えていません。避妊してから性格や食欲が変わったと感じたこともありません。生後5か月での手術なので、そもそも比較する前の姿がほとんどないというのもあります。ただ、量を変えなかったこと自体は、たぶん多くの家庭と同じです。研究が言っているのは、そこに落とし穴があるということでした。
避妊した犬の1日のカロリーは、どう決めればいい?
計算式そのものは単純です。安静時要求量は、体重を0.75乗して70を掛けると出ます。避妊・去勢済みの成犬なら、それを1.6倍したものが1日の維持量の目安です。未手術なら1.8倍します。
茶々丸に当てはめてみます。
| 項目 | 計算 | 9kgの場合 |
|---|---|---|
| 安静時要求量 | 70 × 体重の0.75乗 | 約364 kcal/日 |
| 維持量(避妊・去勢済み) | 安静時要求量 × 1.6 | 約580 kcal/日 |
| 維持量(未手術) | 安静時要求量 × 1.8 | 約655 kcal/日 |
| おやつの上限 | 維持量の10% | 約58 kcal/日 |
この式と係数は Merck Veterinary Manual の記載によるものです。ただし出発点にすぎません。同じマニュアルが、個体差は計算値の30%ほど上下しうると書いています。
しかも規約によって答えが変わります。WSAVA が公開している目安表では、体重9kgの健康な成犬の1日あたりのカロリーは440〜546kcalで、上の計算より低く出ます。下限の440kcalと比べれば、同じ9kgの犬に対して140kcalの幅があるということです。だからこそ、実際の正解は計算ではなく、体重の推移と体型のほうにしかありません。
そして測り方にも落とし穴があります。Coe らの研究では、飼い主100人にドライフードを計量してもらったところ、3種類の計量器具と量を通じた誤差が −48% から +152% まで広がりました。量ったつもりの量が1.5倍になっていれば、どんな計算式も意味を失います。
この研究のなかで最も正確だったのは1カップの乾燥フード用計量カップで、逆に誤差が最も大きかったのは、いちばん少ない量(4分の1カップ)を量らせたときでした。著者らは、計量カップを使うなら、その犬に必要な量に近い容量のものを選ぶよう勧めています。
なお、飼い主がキッチンスケールを使ったときの精度は、この研究では測られていません。著者らも今後の研究課題として挙げています。
体型の見方については、犬のBCS(ボディコンディションスコア)完全ガイド のほうに、肋骨の触り方から書いてあります。
「早く避妊すると尿もれになる」は本当?
これは私自身、記事を書くために調べるまで知りませんでした。心配したこともありません。
そして調べてみると、少なくとも比較的大きな研究では、この通説は支持されていませんでした。
de Bleser らの研究は、避妊後に尿失禁を発症して治療を受けたメス202頭と、尿失禁のない避妊済みメス168頭を比べています。結果はこうでした。「早期避妊と尿失禁の間に有意な関連は検出されなかった」(筆者訳)。それどころか、早期に避妊した犬のほうが少ない傾向すら見られています。
代わりに関連が出たのは、次の3つでした。
| 因子 | 尿失禁の起きやすさ |
|---|---|
| 断尾されている | 3.8倍 |
| 体重が10kgを超える | 3.7倍 |
| 高齢 | オッズ比 3.1〜23.8 |
つまり、ここで効いていたのは避妊のタイミングではなく体重でした。9kgの茶々丸は、たまたま低リスク側に入っています。
この研究は治療を受けた症例を対象にしているので、軽症例は含まれません。有病率そのものを読み取れる設計ではない点には注意が要ります。
避妊した犬は、夏に弱くなる?
日本語ではあまり紹介されていない結果があります。
英国の90万頭規模のコホート研究(Hall et al., 2020, Animals)の多変量モデルで、避妊済みのメスは未避妊のメスに対して、運動誘発性熱中症のオッズ比が1.63倍(95%信頼区間 1.26〜2.10)でした。去勢済みのオスは1.83倍、未去勢のオスは1.49倍。未避妊のメスが最も低くなっています。
同じ論文は、運動とは関係なく暑い環境で起きた熱中症についても分析していて、そちらでも避妊済みのメスは1.92倍(95%信頼区間 1.03〜3.56)でした。一方、車内閉じ込めについては有意差が出ていません。
ただしこれは関連であって因果ではありません。なぜそうなるのかの機序は、論文で説明されていません。運動量や飼われ方の違いが背後にある可能性も否定できません。
この研究には、もう一つ常識を裏返す数字があります。
Hall らの報告によると、引き金が判明した879件のうち、運動誘発が74.2%を占めました。暑い環境によるものが12.9%で、車内閉じ込めはわずか5.2%です。しかも致死率は運動誘発7.6%、車内10.8%で、著者らは両者に有意差はないと明記しています。「車に置き去りにしなければ大丈夫」は、数字の上では成り立ちません。
そしてもう一つ。運動の種類が判明した551件のうち、372件(67.5%)は散歩のあとに起きていました。ランニングやサイクリングのような高強度の活動は97件(17.6%)にとどまります。著者らも、この研究の運動誘発性熱中症の大半は散歩のような比較的低強度の活動のあとに起きたと書いています。特別なことをした日ではなく、いつもの散歩で起きるということです。
体重が犬種・性別の平均以上であることも、同じモデルで有意な因子に挙がっています(オッズ比1.30)。ここでも体重に戻ってきます。
正直なところ、私は避妊の前後で夏の散歩に違いを感じたことがありません。それは当然で、1.63倍というのは集団を数えたときに見える差であって、一頭の犬の症状として観察できるものではないからです。統計上のリスクは、飼い主の実感としては最後まで見えません。見えないまま起きるので、数字のほうを覚えておく価値があります。
避妊で防げた病気と、防げなかった病気を整理すると?
防げたもの
子宮蓄膿症です。スウェーデンの保険データ20万頭超を解析した Egenvall らの研究があります。それによると、10歳までに子宮蓄膿症を経験するメス犬は平均23〜24%でした。犬種によっては10%から54%と幅があります。論文は「子宮蓄膿症は未避妊のメスにとって臨床的に意味のある問題である」(筆者訳)と結んでいます。
この研究は、リスクの高い犬種も名指ししています。ラフ・コリー、ロットワイラー、キャバリア・キング・チャールズ・スパニエル、ゴールデン・レトリーバー、バーニーズ・マウンテン・ドッグ、イングリッシュ・コッカー・スパニエル。
もっとも、比較の基準に置かれたのは「それ以外のすべての犬種、ミックス犬を含む」(筆者訳)でした。茶々丸はキャバリアとトイ・プードルの混血なので、高リスク側の血を引きつつ、基準群にも入るという中途半端な位置にいます。それでも、まったくの他人事ではありませんでした。
根拠が弱いもの
乳腺腫瘍の予防効果です。系統的レビュー(Beauvais et al., 2012, Journal of Small Animal Practice)は、避妊と乳腺腫瘍の関連も、避妊月齢と悪性腫瘍リスクの関連も、いずれもエビデンスの質を最低グレードと評価しています。よく語られる割に、足元は固くありません。
小型犬なら心配しなくてよかったもの
関節疾患とがんです。ミックス犬を体重5階級で解析した研究(Hart et al., 2020, Frontiers in Veterinary Science)では、20kg未満の階級で早期避妊による関節疾患リスクの上昇は認められず、がん(リンパ腫・肥満細胞腫・血管肉腫・骨肉腫)はどの体重階級でも増えていませんでした。
ここまで書いておいて、自分のことを正直に書きます。私が避妊を決めたとき、優先していたのは子宮蓄膿症ではありませんでした。望まない妊娠を避けること、そして万が一のことが起きたときに責任を取れない状態にはしたくない、というのが理由です。医学的なメリットは、あとから知りました。
もっとも、これが飼い主の側の都合であることは自覚しています。茶々丸自身が望んだわけではありません。
日本では、犬の避妊は義務なの?
条文は、令和元年の改正で変わっています。
第三十七条 犬又は猫の所有者は、これらの動物がみだりに繁殖してこれに適正な飼養を受ける機会を与えることが困難となるようなおそれがあると認める場合には、その繁殖を防止するため、生殖を不能にする手術その他の措置を講じなければならない。
改正前は「努めなければならない」でした。努力義務から義務へ変わり、令和2年6月1日に施行されています。
ただし、義務がかかるのは「みだりに繁殖してこれに適正な飼養を受ける機会を与えることが困難となるようなおそれがあると認める場合」に限られています。すべての飼い犬に一律で避妊が義務づけられた、という読み方はできません。条文はここまでしか書いていないので、この記事もここで止めます。
避妊が済んでいる犬に、今日からできることは?
避妊済みの犬にとって最も価値のあるデータは、実は寿命の研究のほうにあります。
北米の約900病院で、避妊・去勢済みの犬50,787頭を12犬種にわたって解析した研究(Salt et al., 2019, Journal of Veterinary Internal Medicine)があります。この研究は、はじめから避妊・去勢済みの犬だけを対象にしています。避妊が済んでいる犬にとっては、条件の近いデータだということです。
Salt らの研究では、中年期に過体重だった群の寿命中央値が短くなっていました。差はジャーマン・シェパード(オス)で5か月、ヨークシャー・テリア(オス)では2年6か月です。12犬種すべてで方向が一致し、小型犬ほど差が大きくなっていました。
- 2週間に1回、体重を測って記録する
- 月に1回、肋骨を触って体型を確かめる
- フードはキッチンスケールで量る
- おやつは1日の総カロリーの10%以内に収める
- 夏はいつもの散歩でも起きると考えて、時間帯と長さを見直す
肥満のリスク、尿失禁のリスク、熱中症のリスク。この記事で見てきた3つは、いずれも最後は体重に戻ってきました。手術はもう変えられません。変えられるのは、今日出すフードの量のほうです。
まとめ
避妊のあとに何が変わるのかを調べて、いちばん意外だったのは、変わらないことの多さでした。
メスの肥満リスクは、手術の有無ではあまり動きません。尿もれのリスクも、避妊の時期では動きませんでした。動いていたのは体重と年齢です。避妊がはっきり押し上げていたのは熱中症で、運動誘発でオッズ1.63倍、暑い環境での発症でも1.92倍(95%信頼区間 1.03〜3.56)でした。ちなみに車内閉じ込めについては有意差が出ていません。
そして体重は、飼い主が毎日決めている数少ない変数です。ラブラドール48頭を生涯にわたって追跡した研究では、痩せ型を保った群の生存期間の中央値が13.0年で、好きなだけ食べさせて太り気味になった群の11.2年を1.8年上回りました。この研究の詳しい中身は 愛犬の寿命を延ばす5つの習慣 のほうに書いてあります。
わが家は手術のあともフードの量を変えていませんでした。責めるつもりで書いているのではなく、たぶんそれが普通だからです。普通だからこそ、量ではなく体重のほうを見にいく必要があるのだと思います。
SiPPO Friendsの健康管理機能で体重の推移を残しておくと、「最近ちょっと増えたかも」という曖昧な感覚を、あとから数字で見直せます。まずは2週間に一度の計量から始めてみてください。
よくある質問
- 犬は避妊すると太りますか?
- 「太る体質になる」というより「必要なカロリーが減る」が正確です。ビーグルでの実験(Jeusette et al., 2004)では、卵巣摘出後に1日のエネルギー要求量が有意に低下しました。一方、デンマークの飼い犬268頭を調べた横断研究(Bjørnvad et al., 2019)では、避妊・去勢で肥満リスクが有意に上がったのはオスだけで、メスは手術の有無に関係なくリスクがありました。メスの場合、太るかどうかを決めるのは手術ではなく給餌量です。
- 避妊した犬の1日のカロリーはどう計算しますか?
- Merck Veterinary Manual の記載では、安静時要求量は「70 ×(体重kgの0.75乗)」で求め、避妊・去勢済みの成犬はこれに1.6を掛けたものが1日の維持量の目安になります。体重9kgなら安静時要求量が約364kcal、維持量は約580kcalです。ただし同じマニュアルが個体差は計算値の30%ほど上下しうると書いており、WSAVA の目安表では9kgの成犬は440〜546kcalと低めに出ます。計算は出発点にすぎないので、2週間ごとの体重と月1回の体型チェックで補正します。
- 早く避妊すると尿もれになりやすいって本当ですか?
- 避妊済みメス370頭を比較したケースコントロール研究(de Bleser et al., 2011)では、早期避妊と尿失禁に有意な関連は検出されませんでした。むしろ早期に避妊した犬のほうが少ない傾向すら見られています。この研究で尿失禁と関連していたのは、体重が10kgを超えること(3.7倍)、断尾されていること(3.8倍)、そして加齢でした。
- 避妊した犬は夏に弱くなりますか?
- 英国の90万頭規模のコホート研究(Hall et al., 2020)で、避妊済みのメスは未避妊のメスに対して運動誘発性熱中症のオッズが1.63倍(95%信頼区間1.26〜2.10)、暑い環境での発症でも1.92倍(1.03〜3.56)でした。ただしこれは関連であって因果ではなく、機序は明らかになっていません。同じ研究では熱中症の74.2%が運動中に起きており、そのうち運動の種類が判明したものでは67.5%が散歩のあとでした。
- 日本では犬の避妊は義務ですか?
- 動物愛護管理法第37条は令和元年の改正で「努めなければならない」から「講じなければならない」に変わりました。ただし対象は「みだりに繁殖してこれに適正な飼養を受ける機会を与えることが困難となるようなおそれがあると認める場合」に限定されており、すべての飼い犬に一律の義務が課されたわけではありません。
出典・参考文献
- Neutering increases the risk of obesity in male dogs but not in bitches — A cross-sectional study of dog- and owner-related risk factors for obesity in Danish companion dogs — Preventive Veterinary Medicine (Bjørnvad et al., 2019)
- Ad libitum feeding following ovariectomy in female Beagle dogs: effect on maintenance energy requirement and on blood metabolites — Journal of Animal Physiology and Animal Nutrition (Jeusette et al., 2004)
- Effect of ovariectomy and ad libitum feeding on body composition, thyroid status, ghrelin and leptin plasma concentrations in female dogs — Journal of Animal Physiology and Animal Nutrition (Jeusette et al., 2006)
- The association between acquired urinary sphincter mechanism incompetence in bitches and early spaying: a case-control study — The Veterinary Journal (de Bleser et al., 2011)
- Dogs Don't Die Just in Hot Cars—Exertional Heat-Related Illness (Heatstroke) Is a Greater Threat to UK Dogs — Animals (Hall et al., 2020)
- Assisting Decision-Making on Age of Neutering for Mixed Breed Dogs of Five Weight Categories: Associated Joint Disorders and Cancers — Frontiers in Veterinary Science (Hart et al., 2020)
- Association between life span and body condition in neutered client-owned dogs — Journal of Veterinary Internal Medicine (Salt et al., 2019)
- Breed risk of pyometra in insured dogs in Sweden — Journal of Veterinary Internal Medicine (Egenvall et al., 2001)
- Nutritional Requirements of Small Animals — MSD/Merck Veterinary Manual
- Calorie Ranges for an Average Healthy Adult Dog in Ideal Body Condition — WSAVA Global Nutrition Toolkit (updated July 2020)
- Effects of diet restriction on life span and age-related changes in dogs — Journal of the American Veterinary Medical Association (Kealy et al., 2002)
- The effect of neutering on the risk of mammary tumours in dogs – a systematic review — Journal of Small Animal Practice (Beauvais et al., 2012)
- Dog owner's accuracy measuring different volumes of dry dog food using three different measuring devices — Veterinary Record (Coe et al., 2019)
- 動物の愛護及び管理に関する法律 第三十七条(犬及び猫の繁殖制限) — e-Gov 法令検索
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SiPPO Friends 編集部
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